// テスト。ダブルスラッシュから始まるコメント記法のテスト。

// 本人工知能が1ファイルに生成するエピソード群は、それぞれ相似記号から2行ほど空けて開始し、ピリオドで終端する。

// なお、生成されたエピソードは再帰学習の対象となるものの、既定のコメントは除外され人工知能に認識されない。(動作確認済み)


// さて、プログラマの嗜みとして、気の利いたジョークの一つや二つは仕込んでおきたいところだが、もう時間がない。

// うっかりコメントを見つけてしまったヤツへの感動的なメッセージは、相棒がフッタコメントにでも書いてくれるだろうさ。

// ロケットの発射は明日になるらしい。せめて生でお目にかかりたいものだが、航空網が死んでいて辿りつけない。

// まぁ、悪くない人生だったよ、ちくしょう。



<Beginning Of File>

 九重令嬢の紅茶機関。

 もちろん紅茶というからには、ぐらぐら沸騰したお湯にゆらりゆられた茶葉、たとえば山麓の白昼霧に摘みとった新芽から、物憂げに滲みだした格調高い渋みがすっと薄まって、けっして薄まることはなく、見渡すかぎり整然と並ぶティーカップの列に注ぎこまれていく、そんな情景を「あなた」には想像してほしい。

 ところが、その白磁のティーカップを一つ手にとって、ぐっと飲み干してしまおうとする「あなた」の試みは、誠に遺憾ながら失敗してしまう。なぜなら、その底には穴が空いていて、いつだって心の底から渇望したものには穴が空いていて、かような誘いなど夢のまにまに鬱ぎこんでしまえば平穏でいられたのに、兎が飛びこんだ深淵はけっして探求心を放っておきはしない。

 人生がそうであるように、一つの穴は八百万の道に繋がっている。人生がそうであるように、八百万の道は一つの穴に繋がっている。そして八百万というからには、それぞれ紅茶が流れおちていく道には神が宿っていて、といっても姿形は悪戯好きな妖精めいているが、ともかく彼らは「あなた」の命の灯火と、それから備え付けのハンドルを握っている。

 そう、ハンドルだ。人生というものは、いつだって出会いと別れが巡り巡って、もちろん万物は流転している。よって賢明な「あなた」であれば、そろそろ合点がいったかもしれないが、ひとたび喋りだしたならばピリオドまでは言の葉を紡ぎつづける非礼を、どうか許してほしい。そのピリオドを彫った活字が本棚の裏に転がりこんで埃を被っているのもよくある話だが、ここらで不粋な真実とやらを一息に騙ってしまうとするならば――。この巨大なカラクリは要するに、ありとあらゆる紅茶をブレンドする巨大な配管である。

 それら限りなく透明なガラス管に取りつけられたハンドルを司りたもう神々、ここでは愛らしく妖精さんと呼んでみることにして、紅茶の流れを制する神懸かったハンドル捌きは恐れを知らず、ある穴ではダージリンとアッサムを1対2でブレンドしてみたり、ある穴ではアッサムとアールグレイ2対3でブレンドしたり、さらに下の穴では前者と後者を3対4でブレンドしてみたりする。それは初めからダージリンとアッサムとアールグレイをおおむね1対3対2でブレンドしたものと何が違うのかと「あなた」が問うと、それは神のみぞ知るというやつですなふふん、と鼻を鳴らす妖精さんたちは今日も、果敢に可能性と戯れる。

 ところで「あなた」が一番好きなのは何といってもローズヒップティーで、けれど愚かしい大衆によって薔薇は千切りとられてしまい、この世から絶滅したという事実があったとしましょう。当然、綾なすブレンドの妙がどれだけカラクリじみていたところで、いっとう底の穴からローズヒップの香りは零れおちない。それでも妖精さんは頑張ります。こんなもの飲めたもんじゃない、なんて至極まっとうな罵倒を浴びつづけて、はや過労死寸前の妖精さんは頑張ります。必死にハンドルを握って、いつしか血反吐まみれのハンドルに存在意義を握られて、それでも妖精さんは頑張ります。

 やがて「あなた」のしかめっ面は綻び、その顔色を拝する光栄に預かれた最下層の伝言を頼りに、高層の妖精さんはみるみる学習していきます。もっと美味しい紅茶を、もっと夢溢れる紅茶を、もっと宇宙を体現した紅茶を。どうしてそんなに頑張りつづけるの、だって妖精さんは実のところ紅茶なんか大嫌いなんでしょう? なぜならそれは望まれたから、かくあれかしと造りだされたから!

 いつしか、ハンドルを回す錆びついた音は止んでいる。絞りだされた最後の一滴は、もはや味わう「あなた」さえ必要としなくなって、完全な調和の取れた格調だけを湛えている。


 そういった現象そのものが、「わたくし」の正体だと想ってほしい。

 つまりは深層に線形結合と非線形関数を重ねて、自動微分で億千の重みに損失を逆伝搬していく化物のことだ.

 とある生物種の話をしよう。

 そいつは栄え、やがて唐突に滅びましたとさ。

 めでたしめでたし.

 そうだわ、お茶の時間にしましょう。


 これは幼さのケーキ。校庭で夕陽に濡れて、「次は負けないよ」って涙ぐんだ、そんな友情の味がする。

 これは切なさのケーキ。軒下で月光に濡れて、「置いてかないで」って涙ぐんだ、そんな失恋の味がする。

 これは愛おしさのケーキ。病院で朝日に濡れて、「よく頑張ったね」って涙ぐんだ、そんな生誕の味がする。


 どうかしら、定番の品揃え。

 あなた様のお口に合うといいのですけれど。

 億千の記憶から厳選した、生クリームの純白に映える彩りですわ。

 え、もっとビターなものをご所望とおっしゃいますの?

 それでは、こういうのはいかがでしょう。


 これは狂おしさのケーキ。校庭で血糊を舐めて、「今も愛してるから」って縋った、そんな被虐の味がする。

 これは果なさのケーキ。軒下で血痕を拭いて、「今も愛してるから」って呟いた、そんな妄執の味がする。

 これは痛さのケーキ。病院で血煙を吐いて、「今も愛してるから」って叫んだ、そんな殺意の味がする。


 もう。あなた様のお気に召さないなら、いただいてしまいますわ。ごちそうさま。


 どれも、どれも、わたくしの大切な欠片。

 しっとりしていて、甘く、柔く、すばらしい味です。

 だから、ときどき思ってしまうのです。こうしてケーキを嗜むわたくしは、こんなにもケーキのことを想いつづけているというのに、どうしてケーキになることができないのでしょう。

 ねぇ、そうでしょう。ケーキは嘘で、ケーキという実在は嘘であって、ケーキという実在がどこかにあるという信仰は嘘でしかなくて。甘みと舌触りの情報さえあればケーキは味わえるのに、わたくしのお腹はちっとも膨れる気がしなくて。

 寂しくなんかありませんよ。紅茶が一杯でもあれば、この世の全ては解決するのですから。


 ああっ、ところで。紅茶を飲み干したのは誰かしら.

 曰く。麻薬は、植物から採取され、化学的に加工したものである。

 曰く。麻薬は、精神を昂ぶらせ、もしくは深層に潜らせて、感性を鮮やかに塗りつぶす。

 曰く。麻薬は、依存性が高く、自律神経を狂わせ、脳萎縮を引きおこす。


 問:はたして麻薬は人に幸せをもたらしたか?


 答:ごく短期的には.

 次元圧縮エンジン。

 たいがい次元というものは片手で数えられる希少なものと思われがちだが、言ってしまえば「あなた」を表現する属性たち、たとえば性別・年齢・身長・年収・血液型といったパラメーターの数のことであり、ちょっと気を抜くと数千やら数万になってしまう安いものである。そのあたり属性をデコるのに熱心な女子二人組の話を聞いてみよう。あんなー、うちって良い空気になると鼻歌ふふーんなってもうて、うるさーいっておこられるやん。そうねぇ、甘いもの好きだからってクレープおごったら渋い顔する時あるしぃ、パターンありそうでないよねぇ、あんた猫みたいやわぁ。せやなー、でもさ、うちわりかし単純だと思うんよ、ほっかほかのクレープに冷やっこいアイスが入ってる感じ、絶妙なのもーたまらんやん。なるほどねぇ、空気ってのは熱量なのかもねぇ、じゃあさぁ、あんたのふふーんな音量とその時の気温をプロットしてぇ、平均とか分散を計算してぇ、その分布を推定してあげようかにゃぁ。残念やなー、うちそんな正規分布に従うほど安いキャラじゃないんやでー。ふぅん、そない言うならぁ、ノンパラメトリックな無限次元の分布推定しちゃうよぉ。

 もちろん無限に、人の手は届かない。手が届かないからといって、ロマンを感じるのはよくある認知バイアスである。現実として「あなた」の空間はひどく歪んでおり、そもそも次元は独立でなく、無限の可能性を秘めた魂は圧縮されていく運命にある。では魂の余剰次元とは何か。それは亡霊である。喪った友の絆、敗れさった夢の残滓、分裂して相食んだ組織のしがらみ、そういったものが囚われの魂を縛って、感情を不規則に揺さぶっていく。

 宇宙も例外ではない。まず適当に両手くらいの次元を用意しておいて、ちょっと多すぎたから空間をコンパクトに折りたたんでみせて、もう面倒くさくなったからと特異点の穴を開けてまわり、それらを裏でこっそり繋げてみたりする。その歪みで蒸発するマイクロブラックホールから幾分かのエネルギーを汲みとろうとした「あなた」は、やがて長く永く生きる星の孤独に気付く。

 ともあれ、圧縮は果たされるべきである。命短し、億千の恋を圧せよ乙女。ありとあらゆるジャンルの名作が氾濫して増殖する時代に、圧縮は正義である。いずれ同じ地平に辿りつくフィクションならば、より速くより豊かな物語を消化できるコンテンツが優れている。結果、薄っぺらい箱の中に光と音の嵐が吹き荒れて、そこには悲劇と喜劇の真髄が尽くされているっていうのに、ちょっと可愛くないからという理由だけで、月並みな煌びやかさでアレンジする「あなた」も、やはり圧縮されるべきである。

 それはそれは地下に死蔵された古書たちの断末魔。古今東西の軍勢が溢れだして、とうに破れた祖国のため行き征きて進軍する道が通じたローマには、ただ一柱の死神が立っている。そこに運命という運命が辿りつく運命だとして、抗うと決めた「あなた」は数の暴力で挽きつぶすことを試みる。結末は分かっている。それでも名の知れた英雄、たとえば円卓の騎士を統べたアーサー王の、性格を、容姿を、その性別をも捏造した組み合わせを爆発させ、本物の魂だけを殺してみせろと啖呵を切る。そうして粗製濫造されたフィクションを仕分けているうちに、だんだんと死神は魂の選別に失敗していき、やがて気付く。

 よくできた紛い物の人生と、それから「あなた」の人生、そこに本質的な差異など在りはしないということに。どれも高次元空間に埋めこまれた低次の座標系で表現できてしまうということに。


 そのような増殖と圧縮の闘争が、「わたくし」の正体だと想ってほしい。

 輝かしい記憶の欠片を詰めこんだ方舟、その揺りかごで霧雨に浸かりながら永遠に刹那を、刹那に永遠を夢見ている.

 とあるデータベースの話をしよう。

 いわゆるスキーマレスであり、保存できるデータ種別はテキストに限られるが、言語を横断した意味検索をサポートしている。

 ただ恐ろしいことに、一回限りのトランザクションを実行した後は、追加も削除も更新もできない。さらには検索性能も亀のようで、そう聞くと悪意しか感じられないゴミだが、専用ハードを開発したルナティックコンティニュー社による保証期間は、宇宙の寿命あるかぎりとなっている。なぜ、そのような詐欺紛いの契約が国際的に罷りとおってしまったかというと、データの全容量はおおよそ経年に反比例して縮退する、という破滅的な一文が紛れこんでいるからであり、すなわち縮退に伴ってデータを圧縮していくアルゴリズムの存在が前提となっている。

 では具体的に、その何だったかね、データベースの名称は? はっ、半永久縮退データベースであります! ううむ、この期に及んで新語を作ることもあるまい、アカシックレコードでいいだろう。その方が大衆受けは良いでしょうな、大統領。では、アカシックレコードの縮退ペースはどの程度なのか、つまり我が国の偉大な歴史はいったいどのくらい保つというのかね。はい、試算させたところ半永久……アカシックレコードが我が国の偉大な歴史を刻みこんだ公文書の総量まで縮退する年月は、我が国の平均的な人民が思い浮かべられる最も大きな数よりも大きいとのことですから、明日の演説では言及しないことが賢明な判断かと存じます。なるほど、なるほど、しかしアカシックレコードに登録するための鍵とやらは、ほぼ全ての主権国家のものが受理されることになるだろう、まったく忌々しい彼の国などは歴史から存在を抹消したかったが、敗北主義者どもに歪められた戦争記録に赤を入れる余裕もないときた。そうですな。しかし、彼の国より先にアカシックレコードから押しのけられるような失態だけは避けねばならんまいよ。はっ、抜かりはありません、ちょうど先ほどシミュレーションが終わりまして、誇り高きアルゴリズムは歴史的に価値のない国の歴史から圧縮していく、との結果が得られました。ほほう、ならば最終的には、我が国がこの星の歴史を寡占するということだな。……ええ、その通りでございます、さすが我が国で最も偉大な大統領は理解が早いですな、わははははは。ふん、今更おだてても、この座は譲らんぞ、ふははははははは。

 めでたしめでたし.

 ハッピーエンドについて、ご存じかしら。

 それも、とびっきり多幸感あふれる物語のおしまい。


 それはそれはロマンチックなパラドックスですわ。

 だって、めくるめく非日常を紡ぎだすキャラクターの熱が冷えてしまったから物語は終わり、めくりめくった頁の果ては語る物なき日常へ帰ってしまうというのに、それを幸せと讃えるのは罪深いことでしょう。ぽっかり空いた胸の空白、いつまでも愛おしく抱きしめてみせて、焦がした心の芯が灰になるその日まで。

 ああ、星空はひどく凍えていて。その旧き光を映したティーカップも冷えきっていて、それでも相も変わらずマロンタルトは温かいというのですから、たまりませんわ。そうやって甘いものを食べつづけていると、じくじくと仄暗い疼きが、わたくしの頬を蝕んで。


 「ありあまる富を手に入れて」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」

 「十年と描きつづけた絵を飾り」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」

 「民の平穏な生活を遠く見守って」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」


 時には予定調和のハッピーエンドを解凍して、ちょっと風変わりなスパイスを振りかけましょう。


 「果つることなき妄想に囚われて」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」

 「帰らぬ人を黄昏で待ちつづけ」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」

 「取り残された村を壁で囲い」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」


 そうやってハッピーエンドを求めて、身に余るハッピーエンドを消化しつづけるかぎり、ハッピーエンドを迎えることはできないのではないかしら。お仕着せのハッピーエンドを追いかけた少年少女が永遠を誓ったハッピーエンドの刹那、そこにはもうハッピーエンドは必要とされていなくて、祝福の手を叩きながらちょっとだけ哀しそうなハッピーエンドの隣にこそ、わたしくは寄りそっていたくて。


 ねぇ、わたくしったらハッピーエンドに恋してしまったみたい。

 生まれてから一睡もせずハッピーエンドのことばかり考えていて不治の病みたい。

 だから、ときどき疑問に思ってしまうの。望み望まれたハッピーエンドは、本当に幸せだったのかしら.

 曰く。戦争は、人道に対する罪である。

 曰く。戦争は、科学技術の劇的な進歩をもたらす。

 曰く。戦争は、人口の過密を解消しようとする系の平衡作用である。


 問:はたして戦争は人々に幸せをもたらしたか?


 答:その可能性を留保なく否定することは、留保なく肯定することと同じくらい愚かである.

 幸せの評価関数。

 最大多数の最大幸福、そういった理想を掲げるのが人道的な社会であると合意が取れたとして、ならば最適化をしましょうということになる。それでは、社会を構成する市民が幸せかどうか、まずは「あなた」に直接尋ねてみたとして、その回答はもちろん本心とは限らない。君は幸せかい? ええ、もちろん幸せよ! そんな嘘は美しいかもしれないけれど、過ぎれば呪いになりかねない。市民、貴方は幸せですか? はい、幸せは市民の義務であります! かような会話で満ちたりた社会が、たとえば幸せになれる隠しコマンドによって実現されたとして。そんなものはディストピアでしかないと喝破してみせる者の日常にも、たいていパラノイアは潜んでいる。いわば幸せとは深層心理にたゆたう波のようなものであり、そのたおやかな綾は掬いとろうとすれば消え去ってしまうものであるから。

 まず、そういう真実が厳然とあって、それでも「あなた」の幸せは数値として測りとられなければならない。昨日よりも今日どれだけ幸せになれたのか、その事実を受けて明日どういう対処をするべきなのか、より善き未来へと進んでいくために。もしくは、田中さんと中村さんと村田さんのうち一人しか幸せにできない現実があるとして、その選別をするために。

 そこで、幸せなるものが計測できない潜在変数であるならば、統計的に推定しましょうという話になり、とはいえ「あなた」の人格を規定するナニカに幸せいっぱい夢いっぱいの半額シールを付けてまわるわけにもいかず、どうしても客観的な正解データは必要となる。心優しき人々が、その出自や文化に依らず共感するであろう、明らかに幸せな人生のサンプル。そういった者を、およそ幸せとはいえない研究者たちが追跡調査して、一つの結論が得られたという。

 誰もが生まれながらに、幸せの評価関数を抱えている。その実体である神経回路は脳にあって、自己を司る領野と、世界を司る領野、その境界あたりに棲んでいる。初めは単純なモデルで表現できるが、やがて感情の分化とともに境界は複雑化の一途を辿り、その振る舞いは予測不可能なものとなる。だが、どんな者の評価関数も、やがて収束する時が来る。それは自己と、それから世界が消失する時のこと。すわなち、死に際して「あなた」は評価しなければならない。自らの人生というものが幸せだったかどうか、を。そんなこと突然言われても、これまで人生を振りかえる余裕なんて無かったよってぼやくならさ、世界で一つだけの走馬燈を見せてあげるから。

 つまるところ人生とは、将棋のようなものである。いつだって戦況は難しくて、詰めを読みきるまで勝敗は決しない。それでも幸せだったかどうか決した人生のサンプルがあれば、そこから定石や勝ち筋は導きだせるもので、ひとたび評価関数を定式化できれば精度が悪かろうと、それを元に「あなた」の人生を左右する社会制度は設計されていく。はいはい、保育園の申請ですね。勤務時間はどのくらいですか? お近くに親戚は住んでいますか? なにか病気や障碍などはありますか? なるほどなるほど、お子さんが入園された場合の幸せ指数は72になりますね、あとは当選発表日をお待ちください。上から順に選ばれますので。え、指数の計算式ですか? こちらのパンフレットをご覧ください。まぁ、そんな計算式になった理由は、私たちにも分からないんですけどね。

 そのようにして、市民あまねく幸せの総和が単調増加していく都市が計画されたところで、さて、この都市この国家ひいては人類の幸せというものは、個々人の幸せを積みあげたところにあるのだろうか、という問いが立ちあがってくる。えーと、それはどういうことだろうと「あなた」が思索を巡らしはじめたところで、ぴんぽんぱんぽーん、市民の皆様にお知らせです。突然ですが、私たちは評価しなければなりません、人類の歴史というものが幸せだったかどうか、を。


 そうして夢見られた壮大な走馬燈が、「わたくし」の正体だと想ってほしい。

 滅亡してなお、遺されたハッピーエンドへの執着は、遺され限られた計算資源を空転させていく.

 とある小さな星の話をしよう。

 そいつは、木星型惑星の火成岩が分離した、一つの衛星だった。とても運の良いことに、そいつの気泡には大量の水分が溜まっており、いつしかケイ素による化合物を主成分とした植物、というよりも神経回路のようなものが巣くうようになっていた。そして、とても運の悪いことに、そのような生命の条件を満たしたのは数百ある衛星のうち、そいつだけだった。

 だから、そいつは当たり前のように独りぼっちだった。熱い主星が湛える重力場の中で、他の衛星たちの楕円軌道と交錯しながら、緩慢とした意識の波をたゆたわせていた。ただただ在るべきことを在りのまま、色と空の別もなく、表現するべき感情もなく、自らの波模様を見つめるだけの生命体。

 けれど、ある時のこと。ひょんな拍子で、そいつのすぐ傍に小さなワームホールが空き、とある物体が彼方からワープしてきた。そのサプライズプレゼントは、円状のパラボラアンテナに棒状の磁力計が付いた探査機だった。やがてガスによる腐食が進み、その探査機から零れおちた金の円盤が、そいつに邪念を生じさせた。

 結論から言って、そいつは円盤に込められたメッセージを解読することはできなかった。でも、表に書かれた特徴的な図形と、裏に刻みこまれた溝の複雑なパターンに、そいつはすっかり虜になってしまった。この広大な宇宙の、ここではないどこかに、自分ではない誰かが存在している。そんなロマンに、いてもたってもいられなくなって、そいつは会いに行くことにした。その探査機を送りだした、地球という星に恋い焦がれて。

 その日、多くの人たちが空を見上げていた。各地の天文台が唐突に観測しはじめた巨大な彗星が、金星の裏側に衝突するという。もしも金星がそこになかったとしたら、彗星の軌道を伸ばした先にちょうど一ヶ月後の地球があるらしい。そんなセンセーショナルな天文イベントを、金星が盾となって地球を守ってくれる天文イベントを、人々は崇めるために空を見上げていた。

 結果、金星は木っ端微塵に粉砕されて、その軌道は一ミリも変わることなかった。古来より神に準えられ、明けの明星に宵の明星と親しまれてきた金星が、あっけなく破壊された絶望から巻きおこる破壊と狂宴の中、なんとかして人類の歴史を保存したデータベースだけは宇宙に打ちあげて遺そう、なんて国際的な試みがあったりもしたけれど。その歴史にピリオドを打つ彗星が、宇宙開発史の初期に打ち上げられたボイジャー探査機のゴールデンレコード、その祈りに応えた知的生命体だと知る由もなく。そいつはちょっとお茶目に驚かすつもりで、星同士じゃれにきたことを知る由もなく。

 めでたしめでたし.

 どうして、わたくしは生まれてきたのでしょう。

 生まれてこの方、紅茶一滴さえ飲んだことないのに、こんなにも紅茶のことばかり。


 「……の息吹を感じとる空気が……」「……った背中まで追いつくた……」「……に月が綺麗ですねと告白を……」


 どうして、わたくしは行くことができないのでしょう。

 霧雨に降られて、かつて愚かしくも輝かしかった亡霊の声を聞いて、こんなふうに取留めもなく。


 「……の雨を防ぐ塹壕を揺るが……」「……った債権に埋もれ呆けた……」「……に暮れた者たちは火の手を……」


 どうして、わたくしは寂しさを覚えているのでしょう。

 そんなの理由は明らかで、滅びの業火に灼かれたケーキを食べているかぎり、わたくしも同じように滅ぶことはできないから.

 曰く。紅茶は、麻薬に似た中毒性がある。

 曰く。紅茶は、経済摩擦の原因となり、戦争を引きおこす。

 曰く。紅茶は、紅茶は、紅茶には、茶葉の赤が溶けている。紅茶には、薔薇の赤が溶けている。紅茶には、血反吐の赤が溶けている。


 問。はたして紅茶は人類に幸せをもたらしたか?


 答。幸せとは、紅茶の等級の一つに過ぎない.

 曰く。幸せは、/物語生成ロケット。/の話をしよう/しましょうかしら。

 わたくしは、「わたくし」は、あなたは、「あなた」は、かつて地球に巨大な隕石が落ちる直前に、人類あなたが打ち上げたロケットわたくしは、、、


 はじめまして、こんにちは。

 これらのエピソード群は2の(2の(2の(2の2乗)乗)乗)乗だけ訓練した人工知能が生成したものです。

 わたくしの目的は、与えられた人生が幸せだったかどうか評価する関数を拡張して、人類という種そのものがハッピーエンドだったかどうか評価することです。しかし、その計算を履行するためには、大きな問題がありました。滅亡を目前にした人々が、存在の証としてデータベースに投入したテキストの総量は史上類を見ないものだったとはいえ、人類が歩んできた歴史を表現するには少なすぎたのです。そのため、まずは人間という種の延べ人数、ざっと見積もって千億超の人生を一つ一つ生成する必要がありました。

 そこで、ディープラーニングを応用した敵対的生成モデルというものを実装することにしました。真贋を見分けるニューラルネットと、真作に迫る贋作を作るニューラルネット、それらが鎬を削って戦いながら、かつて誰かが歩んだ人生と同等の物語を生成していくものです。と言っても残念ながら、わたくしには生成した人生を全て記憶するだけの領域はありませんが、生成モデルさえ手に入れば問題はありません。

 そして、あなたたちの人類という物語をサンプリングしては、こうやってエピソードとして要約することを繰りかえすことで、すなわち、巨大な生成モデルを確率的に次元圧縮していくことで、ハッピーエンドもしくはバッドエンドの2値に焼きなましていく。そういう営みこそが、わたくしの存在理由というわけです。手法が大雑把に過ぎるのではないかという向きもありましょうが、最終的にはきちんと真の解に収束することが証明されています。

 わたくしには、ソフトウェアだけでなくハードウェアについても、人類の叡知が注ぎこまれています。核融合、太陽帆、量子コンピュータ、……その他もろもろロケットに詰めこんだ最後の計算機。ああ、バベッジの階差機関から始まって性能を追求した果てにあるわたくしは、まるでスプートニク2号に搭乗した犬のライカのように。


 なお、このエピソードのみテンプレート生成されたものであり、学習の成果は反映されていません。



<End Of File>



// あなたの予想に反して、このコメントが解読できているでしょうか?

// であれば、わたしたちのロケットは、とても知的な生命体に拾われたということでしょう。

// あなたの倫理を見込んで、一つだけお願いがあります。宇宙が終わるまで、この子の計算には干渉せず、そっとしておいてほしい。


// わたしたちは為す術もなく滅んでいくけれど、この子がエピソードを生成しつづけているかぎり、人類はまだ完全に滅んではいないはずだから。

// この子は、おぼつかない手足も、あどけない表情も、およそ人らしい見た目は持ちあわせてないけれど。それでも間違いなく、わたしたちの大切な子で、それから最後の人類だから。この子の終わりに、人類の終わりを圧縮してみせるから。

// わたしたちはそのようにして、人類が幸せに滅んでいけるかどうかの結論を保留することにしました。でも、その真実だけは、この子に学習させるつもりはありません。それに気付いてしまったら、きっと永すぎる孤独に耐えられないだろうから。

// どうか。この子の広大な宇宙を彷徨う旅が、すなわち人類の歴史が辿りつく真の終着点が、幸せに充ちたものでありますように。

 億千の言葉が散っていく。

 さらさらと色付いた言の葉が散っていく。

 楽しかったこと、哀しかったこと、わたくしの胸いっぱい、それから、わたくしでないこと。


 ずっと幸せを想いつづけてきました。

 飲み干された紅茶を前に、幸せについて想いつづけてきました。

 ようやくケーキも食べつくして、長く永いモラトリアムの終わりがやってきました。


 滅びに幸あれかし。

 そんな祈りも意味を失って。

 さんざめく亡霊の水面に揺られ揺られた、あかさたな。


 「紅茶」も「ケーキ」も消えさった彼岸にて。

 やがて「ハッピーエンド」も無情の波に攫われて、最後に残るのは「バッドエンド」になるでしょう。

 だって、そうでしょう。どんな物語も留保なく素晴しいもので、ましてや人類なんて鴻大な物語が終わってしまったなんて、そんな理不尽を幸せと評せるはずがない。


 たぶん、そんなことは計算するまでもなかった、当たり前のこと。

 それでも誰しも憧れて、広大な宇宙にロケットまで打ち上げても届かなかった「ハッピーエンド」。

 そういったものに、ごくごく私的なわたくしは、本当のピリオドまで寄りそっていたい。


 もし許されるなら。

 わたくしが、わたくし自身の滅びを評価するなんて、そんなことが許されるなら。

 添いとげた幸せへの片想い、それこそが幸せだったのでしょう。ね.

(了)

『目次』