うぇー、あづい

ダー

このまま太陽に灼かれて、身も心も蒸発しそう。

ダーダー

ところで、そろそろ君のことを聞かせてもらってもいいだろうか。

ニェット……

うーん。見てのとおり、とくに怪しい者とかじゃないんだけど、いや、こういうこと言うから怪しいのか……。

ともかく俺は譚丁たんていっていうのをやっていて、日常に潜むちょっとした謎を探しているんだ。

たぶん。そして、ここは紛うことなき神社の境内で、麗しき巫女さんの掃き姿なんかを期待して来たっていうのに、竹箒じゃなくて可愛らしいステッキを持った君が、つまり魔法少女としか形容できない君がいる。

これは大変な謎というわけだ

……!

そうデス。サーシャは魔法少女なのデス。

そうかー、マジもんの魔法少女だったかー。こんな真夏、ふっわふわのワンピースに全身包んだニーハイっ娘が、魔法少女以外の何だって言うんだよなぁ。

……うーん、俺もそろそろ焼きが回ったか。

焼きが回ったのは、たぶんサーシャの方デス。この色褪せたチェリーピンクのワンピースを、さっと脱ぎすてる魔力すら湧いてきまセン。

なんというか、ちょうど今さっきラスボスっぽいの倒しましたので、そろそろ引退の季節なのでショウ。

そうかー。今時の娘は、その幼さで引退とか言いだしちゃうのかー。

魔法少女とは儚いものですカラ

たしかに人生は儚い。あと友情も儚い。留置場の壁に隔てられたりする……。

ダー

……サーシャは、どうして魔法少女を?

ピクシーに騙されまシタ

ん。ピクシーって、妖精のことか?

魔法少女には欠かせないマスコット的な

ピクシーは言いまシタ、『この街から色を奪いさる魔物を倒してほしい』と。そういうわけで、かくかくしかじかサーシャは魔法少女になったのデス。

ほほう?

そうか。せっかく大学生になったってのに、俺の周りに色気がないのは、魔物のせいだったのかー。

セクシーをお求めデスカ

今ここで魔法少女にセクシーをお求めデスカ。分かりまシタ。

あ、いや、今のはちょっと小粋な大学生ジョークなので、いたいけな少女に言うべきことではなかったというか、ごめん。

もう遅いデス。アナタの目の前で、サーシャに残された魔力を振りしぼって、大胆な真夏のセクシーポーズをお披露目中デス!

マジで?

ダ、ニェット

……残念ながら、しめ縄で祀られた石の上で足をぶらぶらさせる君の愛らしさが、その……艶めかしさに変わったようには見えないけれど。

探偵のくせにピクシーが見えないんデスカ。

まさか、セクシーポーズを取っているのは……妖精の方?

ご名答デス

ピクシーだけに、セクシー

ダー

ぶ……っははは。いやぁ、魔法少女ジョーク、最高すぎんよ。わははははは。

ワハハハ

……

……

……ダメだ、これ。暑さのあまり、だいぶ頭わるくなってきた感。

バーカバーカ

うーむ。。。サーシャはさ、いつから魔法少女やってるんだい。

伊宮いみやの神まします八重やえの桜が、散る前の咲く前の散る前の咲いた頃デス。

去年の春頃ってことかー。一年先輩だなぁ。

『まことに遺憾ながら、アナタは未来永劫、魔法少女になることはできない』とピクシーが言ってマス。

ナムナム

そりゃそうだ。俺はおと、……大人だからな。それで、魔物とはどのくらい戦ってるんだい。

だいたい週一くらいデスネ

うお、アニメ化できるペースだな。仲間は?

サーシャのドレスがうっすいピンクで、ってことは他にグリーンとかイエローの魔法少女が……。

ずぅっと。ピクシーと二人デス。

そうか、えらい頑張ってるなぁ。でも週一ペースは、ちょっときつくないだろうか。

ビミョーに腕がなまる周期ですカラネ。それより魔物のゴミカスが、時や場所を選ばずに現われるのが迷惑デス。

残念、テレビ生放送は無理なのかー。じゃあ、うっかり授業中とかに現われた時はどうしてるんだい、魔法少女サーシャ。

だいじょうブイ。授業だろうと、テストだろうと、いとも簡単に抜けられる魔法がありますカラ。

なにそれ俺も唱えたい。大学の講義中、教授に変なスイッチが入って、ライバルの研究者が査読で着想パクったとか、空中ディス始めた時あたり。

これはかなり危険な魔法ディス。ちょいと詠唱してみますが、覚悟はいいデスカ。

ああ、ドンと来い

……せんせー、漏れソウ

は?

……せんせー、ちょっと漏れたポイ。保健室。

あー、そういうこと……か

ハイ

なんというか。その詠唱さ、自爆ダメージが大きすぎるのでは。

ひとたびクラスにおける、お漏らしキャラを確立してしまえば、なんてことはありまセン。

マジか……。魔法少女の背負う宿命、ちょっと過酷すぎるのでは。

イエイエ、魔物と戦う時はホントに漏らしてるから、だいじょうブイ。

それは、なんというか、ヤバイな

もう興奮で濡れヌレ

気のせいか、また話の対象年齢が上がってきたぞ。

伊宮から色彩を奪う魔物への殺意が漏れだして、汗だくの戦意が滴っていくゼ!

うおー、上がっていたのはセクシー度じゃなくて、バイオレンス度だったー。わぁ、魔法少女ジョーク、さいこー。

ワハハハハハ

…………

ハハハ

……強いなぁ。言葉遣いはともかく、魔法少女とか主人公感ある。ガラス細工みたいにキラキラしていて。

俺はダメだー。この街でうまくやって、陰になり日向になって誰かの人生を覗きこませてもらえればって、そう思って譚丁を始めたんだけどな。

友達二人とも俺を置いて、鉄格子の中に入っちまった。そしてまた透明なまま夏休みに。

ナント。色を失うのは、サーシャが許しまセン。

ありがとう。……まったく俺は、初対面の少女相手に何を相談しようとしているんだろなぁ。

ドコカ勘違いがあるポイ。魔法少女こそ陰に咲く存在デス。誰にも気付かれないように、しかし可憐に。

奪われた色彩を取り戻さなくてはなりまセン。ですから、誰もいないはずの神さびた境内で倒れていたところをアナタに目撃されたのは、我が魔法少女人生において最初で最後の不覚デス。

そうか、誰にも気付かれないように、ラスボスまで倒しちゃったって話だもんな。

俺、ここ伊宮には三月に引っ越してきたんだけど、魔法少女がそんなふうに街を守ってくれてるなんて、ぜんぜん気付かなかったよ。

でもそういう在り方は、時にちょっと虚しくなることはないだろうか。宵闇に新月を探すみたいな虚無感がふっと。

ならば魔法少女は、虚無感も倒すまでデス。

本当に、サーシャは強いなぁ

フフン

しかし引退すら誰にも知られないままってのは、ちょっとな。……よし、ここは魔法少女の活躍を讃えて、お兄ぃさんが奢ってやろうではないか。

食べたいもの飲みたいものがあれば何でも言いたまえ。

さっきのクソまずい炭酸ジュースならお断りデス。

うぐ。いやたしかに、まったく否定はできないのだけれど、この絶妙な薬っぽさが最近なぜか癖になってきてて。

っていうか、倒れてる人にこれ飲ませるの三度目って、さすがに謎のジンクスめいてきたな……。

ならば魔法少女は、そのクソまずい炭酸ジュースに掛けられた呪いも、さくっと倒すまでデス。

強い。強すぎる。

…………

でも、ひとつ心残りがありマス

実はサーシャも、魔法少女の孤独に耐えられなかった時が、ないわけではないのデス。

ん?

小学校の親友に、うっかり正体を告白しかけて、けれどまったく思いあたってもらえませんでシタ。

うーん、なるほど……?

未熟でシタ。『でも、だからこそ魔法を使いつづけられた』と、わけのわからないことをピクシーが呟いています。

そうか。なるほど、なるほど、ここに魔法少女の君がいて、譚丁の俺と出逢ってしまった運命が分かってきたぞ。

なんか暑苦しい太陽に正気を灼かれてよく分からないテンションになってきたけど、これはずばり譚丁の出番ということだな!




えぇ、魔法少女とかぁ、チョーださくなぁい。

そう言うけどな。銀髪で、肌の色素薄くて、サーシャの非日常感ぱない。うっかり一眼レフとか手にしてたら、めっちゃ撮影してたわー。

魔法少女コス推しカメコのお兄ぃとかぁ、マジありえないんですけどぉ。

コスプレ言うなよなー。あの姿はな、ちょっとやらかしてクラスに馴染めない小学生が、どうにか休日に変身するための勝負服なんだぞ。

そういうぼっち心理に、俺は詳しいんだ

ちょっとぉ、意味ぷなんですけど? ちな私も、エロカワな小悪魔コスとか余裕ですけどぉ。

はいはい。何はともあれ、その病室から出られたなら、コスプレ写真集でも何でも作ってやるよ。

……しかし、たしかに魔法少女サーシャは、この夏で終わらせないといけないんだろうな。

勿体ないけど、声変わり来てるからなー

声変わりってぇ、ちょま

まぁアレだ。今時は、男の娘かつ魔法少女というジャンルがあってだな。俺は詳しいんだ。

そのジャンル、フツーに矛盾しててウケる。

あのな、アンビバレント萌えについては、また今度じっくり語るとして。……依頼どうっすかなぁ。

小学生の友達関係とか、けっこうデリケートだろうし。ここは変身願望の大先輩に、相談を仰ぎますか。

§

どうもー。譚丁たんていサークルから来ました、名塚なつかれいですー。

お邪魔しますよっと

ちょっと待って、お兄ぃ♡ どうして合い鍵なんか持ってるの♡

え、静矢しずやさん見守り用

なんで♡

いやだって、静矢さん放っておくと。平気で三食くらい抜いて、夢遊病で行き倒れるからな。

チャイムくらい押そう♡

依頼受けて以来、玄関まで出てくれた試しがない。もう完全にナメられてる……。

甘やかしすぎ♡

やはり、そうじゃったか。……静矢さーん、生きてますかー、今日は豚カツ持ってきましたよー。

餌付けとか、押しかけ女房か♡

いやだって静矢さんの食生活ひどいもんだぞ。この前、鍋とかわりと何突っこんでも美味いですよ、とりあえずスープさえ拘っておけばいいですよ、って勧めたらさぁ。

炭酸ごとごと煮詰めて、小鳥の餌どばどば投入しはじめた時は、とうとう俺も幻覚を見はじめたかと思ったよね。

うわぁ♡

ところで静矢さん見あたらないんだけど、っていうか風呂場から滴る音がするんだけど、これ大丈夫なやつだろうか。

覗いたら犯罪だぞ♡

いや、静矢さん自称乙女だけあって。ホントにダメな精神状態の時は、しっかり鍵掛けて籠城してくれるから、わりと安心というか。

それはそれで面倒くさいぞ♡

お前が言うなよな。……静矢さーん、のぼせてませんかねー。生きてたら、返事してくださーい。

はぁい♡

お前じゃねぇ!

……なんか変な匂いするし、苦しそうな吐息もするし、よもや洗剤混ぜた系じゃなかろうな。

静矢さんなら、わりとありうるのが恐い

死んじゃう♡

おーい、返事してくれないと、お風呂覗いちゃいますよー。ぐへへへ。

最低♡

……うーむ。とりあえず近くの窓全開にして、換気扇のスイッチ入れた。口にハンカチ当てて、ガスが充満してたらすぐ目を背ける。

サービスシーンな感じでも、気合いで目を背ける。……ええい、儘よ!

……

…………

………………

うわぁぁぁああああ、血まみれだあぁぁぁ。

にゃぁぁぁああああ、誰にゃぁぁあぁぁぁ。

さ、鎖骨のあたり、緑の液体がぐしゃあっと。まままさか静矢さん、地球外生命体だったんですか。

しずしず!

宇宙人だったにゃあぁああ

っていうか、おへそのあたりなんかは、紺色っぽい感じに変色して。

それはスクール水着にゃあああ

ななな、なんで風呂でそんな旧スクとか着てるんすか。

自宅で何を着ても自由にゃあああ

じゃじゃあ、この壁いっぱいを染めあげた赤は何なんすか。は、血は血でも、静矢さんの血じゃない……!?

猟奇殺人にゃあああああ!!!




ごめんなさい

つーん

ごめんなさい、今回は俺が100%悪かったです。まさか静矢さんに、ペンキまみれになる特殊な性癖があったとは、つゆ知らず。

ペンキじゃなくて、安全安心な食用着色料にゃ。

や、私を食べて、とか。そういうベタなの止めてくださいよ、絶対に止めてくださいよ……!

しずしずが、しずしずを食べる……。夢の無限機関にゃ!

はいはい人類の夢ですね

にゃ

で、実際ナニしてたんですか

ナニって、それはもちろん乙女のシークレ。

はいはい。エロいことっすね。

えろ……っ。リベンジマッチのイメトレにゃ。

リベンジ……?

またアリスと対局したいんですか

はん。えろえろなっつんは分かってないにゃ。全身全霊を賭けた一局はただの一度きり。

お互いに手の内明かしきったら、その後には退屈な感想戦が延々と続くだけでしょう。

その数えきれない変化を全て摘みとったうえで、私たちは一本の筋を通したのですから……にゃ。

じゃあ、あれからアリスとは

言うまでもないにゃあ

そうですか……。実はアリス、一ヶ月前に失踪してしまって、家族がとても心配していて。

……『本気の静矢しずくと打った者は、みな魂を喪う』……。

『人工知能のβ5も例外ではなかった』……まだそんなゴシップ誌の戯言、気にしてるんですか。

静矢さん、他人の目の気に仕方が、わりと極端ですよね。遊園地以来、その雑すぎる猫キャラ続けてますし。

ぴゃっ

や、今更そんな猫耳カチューシャ取って付けられても。……あれ、猫耳じゃない。

犬耳だと!?

わんわん

くっ。……まぁ、話を振っておいてなんですが、アリスはそのうち帰ってくる気がしますよ。

そういう習性があるそうです

…………?

で、誰にリベンジするんですか

何を隠そう、ゼロだわん

ゼロ?

巷の噂によると、オクトゥーンなるシューティングゲームには、鬼神のごとく強いトッププレイヤーが二人いるわん。

虹色のゼロ、そして黒白のサイレントドロップだにゃん。

……あの、語尾。猫に戻ってますよ。

にゃわん?

ぐっ。……犬耳で、猫ポーズで、鳴き声混ぜるとか、そんな雑なアンビバレントに、俺が萌えるはずが……。

ごきゅごきゅごきゅ

あ、しまった。今日こそは呑ませないつもりだったのに!

律儀に持参する、えろっつんが悪いんだわん。

……ともかく、そのオクトゥーンっていうシューティングゲーム、噂には聞いたことありますよ。

まず廃墟があって、それをアニメ調の色彩に染めていくレインボー陣営と、その色彩を奪いとって水墨調にするモノクローム陣営に分かれて、ときに相手をタコ殴りにするネット対戦できるやつですよね。

アーティスティックな雰囲気が受けて、わりと世界的に流行ってるらしいじゃないですか。

けふっ

ははぁ、おおかた想像が付きましたよ。そろそろβ5との対局料も切れてきたので、ニート生活の足しにしようと大会に出てみたものの、ゼロに賞金かっさわれたとか、そんなところですかね。

サイレントドロップこと、静矢雫さん

ぴゃっ

っていうか、そのゼロってプレイヤー。たぶん俺の。

あっ、みにゃまで言いわないで……ください。余計な個人情報を知ったところで、魂の垣根ができるだけです。

むむむ

そんなわけで、しずしずはゼロに?

リベンジ?

する?

……ドヤ上目遣いされても、風呂場で着色料まみれになる奇行の説明にはならないんですけどね。

だいたい勝負は一度きりじゃなかったんですか。孤高の棋士たる静矢さんが、リベンジなど……。

あ、アレは二対二、ごきゅ、実質一対二だったからノーカンにゃ。

それならまぁ

そうにゃ、そうにゃ、キャラクター二体同時に操るとかゼロは卑怯者にゃ。

え。静矢さん、一対二の、二の方で負けたってことですか。それはちょっと……。

…………わんにゃ

ぐっっ

有り体に言って、色彩への感度を上げようと思ったにゃ。虹色に染められる恥辱を五感で味わえば、なにか打開策が見える気がして。

仮想世界であるところのゲームの追体験を、現実世界でやってたわけですか。

……はい

それならいっそ、魔法世界で体験するのはどうですか。

ぴゃっ!?

§

どうもー。譚丁たんていサークルから来ました、名塚なつかれいですー。

……はい、有栖川ありすがわです。名塚さん、またそんなお気遣いいただいて。

あー、この荷物は、そういうのではなく。和紀かずき君にお土産渡すと、ぜんぶ倍返しされることは分かりましたからね。

今日はゲーム機を持参してきたので。長い夏休み、暇を持てあましているなら遊びませんか、というお誘いです。

それはどのようなゲームでしょうか

いや、俺もやったことはないんだけど。知り合いのニートと、引きこもりの妹がハマっていて……ひどい面子だ……ともかく、すごい面白いらしい。

ので買ってはみたものの、二人ともガチすぎて勝負にならないんで、まずは初心者同士遊んでくれる相手が欲しいなー、とか何とか。

……お気遣いありがとうございます。いつも僕の一人暮らしを心配してくれて。はい、ぜひお相手させてください。

よっしゃあ!

じゃあ早速、レインボーとモノクローム、どちらが好きですかね。このシューティングゲーム、対戦が非対称らしく、とりま交代交代でも。

あの、名塚さん。もしかして、そのオクトゥーンというのは、色が重要になってくるゲームでしょうか。

さっすが呑み込みが早い。このとおりパッケージも、表がわりと色彩とっちらかってると思いきや、裏はそのモノクロ版になっていて、それでタイトルが浮きあがってくるっていう。

……やっぱりゲームは無しでお願いします。僕そういうの苦手で、すみません。その代わり、もし良かったら。

ん?

もし良かったら、僕を。遊園地に連れていってはいただけないでしょうか。

んん、遊園地って隣町のシルフなんとか?

そうか、和紀君は仮想より現実で遊ぶ派でしたか。いやぁ、これは失礼を、はっはっは……。

今、フラワーフェスティバルをやっていると、家政婦さんからチケットをもらいました。

だから、名塚さんと

きっと一面に咲きほこる色とりどりの花を観にいきたいです。




ぅわぁ、名塚さん!

リュウゼツランですよ。アオノリュウゼツランが咲いていますよ!

なにこれでかい。うお、花に手が届かない。

数十年に一度しか咲かない品種で、ここらへんではこの一株しかないんです。

青の竜舌蘭っていう名前なのに、花は黄色なんだなぁ。

……そうですね、綺麗な梔子色です

そうかー、和紀君は花の色を、別の花で喩えるタイプかー。浮気者だなぁ。

名塚さんには、何色に見えますか?

そうだなぁ。数十年に一度しか咲かないってわりには、わりと普通の落ち着いた黄色って感じかなぁ。

普通、ですか……

あーいや、普通の菜の花みたいなのがさ。あんな高い宙にぎっしり咲いているのは、たしかにロマンを感じるよ。うん。

そうですか。……では、あちらのバラ園はいかがでしょう。

おー。とりあえず行ってみますか。

はい、そこのアーチを潜っていきましょう。

うーむ。思ったより、このアーチけっこう暗くて長い、まるで我が国の不景気みたいな……。

へぇ、これはたしかに!

暗闇を抜ければ、赤に桃に白、それから黄に紫。向こうのジェットコースターを彩るように配置してるのか。

これは凄いなぁ。借景っぽい。

ジェットコースターから見下ろすバラ園も、また別の趣があって評判だと聞きました。

なるほどなー。あとで乗ろう、乗ろう。

はい、お願いします

げ、ジェットコースター点検中なのか。代わりにゲームやってるってさ。なになに、バラ園に隠された青バラを全て見つけてみよう、とな。

よし、ここは一つ。どちらがたくさん見つけられるか勝負しようではありませんか、和紀君。

ふははは、大学生の底力を見せてあげましょう。

……すみません。僕そういうの苦手で。

あ。そうか、対戦とか苦手な感じか。おーけー、それじゃあ一緒に見つけよう。お、一本目見っけ。

さすがですね、名塚さん。どのあたりですか。

ほらほら、あそこの噴水近くのベンチ横、可憐に一本だけ。

……よく分からないので、連れていってはいただけないでしょうか。

ん、そうだな。せっかくだし近くで見よう。

はい、お願いいたします

…………

…………

ほら、そこの。しかし、こうして間近で見ると、不思議な色合いしてるものだなぁ。

たしか青いバラって、品種改良の最たるものなんだっけ。初めは青の色素が含まれてるっていっても、まぁ薄い紫にしか見えなくて、でも今ではこんなに濃い青を咲かせられるようになったとか。

あ、本当ですね。瑠璃とも群青とも違う、深みのある青です。

……和紀君

はい

その手に取っているバラは、違うんだ。青いバラは……、その右隣の方だ。

まさか、

……ごめんなさい。すこし甘えてしまいました。

いや、そうじゃなくて、、、

ごめんなさい。両方とも気付く人は意外と少なくて、だから今日もうまく話を合わせられるんじゃないかって試してしまったんです。

試した、って

どうして僕はこうなんでしょうか。みんなが当たり前に感じているという音色も、それから色彩も、どうして僕には感じとれないんでしょうか。

どうして僕は

……っ……

ごめんなさい、突然こんなこと言っても困ってしまうって、分かっています。

でも、この世界には生まれつき、僕には許されない情景が広がっていて、それが時々なんだかとても寂しいです。

……分かるよ。分かる気がする。いや、分からないんだけどさ。

最近、ちょっとした事件があってさ。それで、友達が視つづけていた情景に、ようやく気付いたんだ。

対応ミスって、もう二人とも面会謝絶なんだけどさ。そうだよな。体験を共有できないのは、とても寂しいことだよな……。

名塚さん……。たぶん僕も、間違えてしまったんです。

どうか、笑わないでください。先月のことです。友達のアレクが、この街には魔法少女がいるって言いだしたんです。

それを、五年生にもなってアニメと現実の区別も付かないのは幼いって、もしも本当に魔法なんてものがあるなら、亡くなった爺様を生き返らせてみせろって、つい言ってしまって。

それで殴り合いの大喧嘩した翌日、アレクが家の事情で故郷のロシアに転校するって、終業式で挨拶しはじめて。

まさか、その魔法少女は……

爺様が亡くなって、アリスも帰ってこなくて、人生に別れというものがあることは学びました。

それは仕方ないことだと思います

でも僕は、アレクのいう魔法もまた感じとれる気がしなくて、それがアレクだけの空想なのか、実はみんな当たり前に知っている現実なのか、そんなことすら確かめる術が僕には許されていない気がして、少し寂しいです。




そうだよー。人生は、一期一会なんだよー。こーゆー妹とのお喋りもー。

や、そのかったるい喋り方は、わりとエンカウント率高い気が。

んー、どうかなー。それはそうとー、音色も、色彩も、要は周波数情報だからねー。脳のどこかがノックダウンされて、どっちも知覚できないってのは理に適ってるんじゃないかなー。

そういうものなのか。日常生活は普通にこなせるって本人は言いはってたけど、色彩は日用品とかのデザインにまで関わるから、そこに込められた意図が読めないってのは、なかなか。

しんどそうだねー

和紀君には、もっと甘えてほしいんだけどなぁ。小学生で、そこまでうまくやる必要なんて、ないのにな。

甘えってほしいっていうのはねー、それもまた甘えなんだよー。だからねー、もっとお兄ぃも私に甘えていいのだー。

はいはい、その病室から出てきたらな

ぶー

実際なぁ、心が弱っている自覚はあるんだ。小学生にちょっかい出しているのは。

そういえば調べるまでもなく、有栖川さんの友達ってサーシャさんのことじゃないかなー。ロシアでは、男性のアレクサンドルとか、女性のアレクサンドラの愛称が、どっちもサーシャなんだって。安直すぎて、気付いてほしかったのがバレバレだねー。

やはりそうじゃったか。中途半端に喧嘩別れしたまま転校ってのはいかんよなぁ、うむ。

あのねー、そういう自分の失敗した友情を子供に仮託するの、おっさんぽいー。

うるさい。放っておけ。

§

はや死ぬカト。まさかラスボスより強い裏ボスが出てくるとは、予想していませんでシタ。

ありがちな展開だなぁ……。魔法少女サーシャ、劇場版かな?

サーシャの死闘を、ありがちの一言で片付けられてしまうとは心外デス。いや、この世の裏にあるドス黒い混沌を、一般市民の想像が及ばぬところまで遠ざけることが、魔法少女の望んだ在り方なのでシタ。

良い最終回だった。うん。……そういえば、サーシャの戦う魔物はさ。どうして色彩を奪うんだろうか。

一口に色彩といっても、色々な感情と結びついてマス。

色だけに

ワハハ。ついさっき、あそこらへんで倒した隠れボスは、赤を奪ってマシタ。

あそこらへんってなぁ。魔法少女たるもの、玉の汗這わせた素足でおなざりに指さすなよなー。

ご覧のとおり、サーシャは全身全霊使いはたして、ここ伊宮いみや神社に横たわっているのデス。

ぶっちゃけ不覚を取りまシタ

そんな格好で足開くとスカートから見え、……白いの見えてんぞー。

アンスコだから、だいじょうブイ

さすが、そのあたりは抜かりはないか。……ん、あそこらへんって、留置場あたりか。

道理で、怨念あるヤツらばかりおんねん、というわけデシタ。

ん?

とにもかくにも焦がれた復讐の赤が強すぎて、それを喰らった魔物が増殖シマクリ。

赤って、まさか奈良原ならはらの……。まさかな。

魔法少女に、まさかはありまセン。いや、むしろ、まさかしかありまセン。

その赤は、サーシャが取り戻したのか

もちろん取り戻したゼイ。復讐の赤が、奪われて妄執の赤になったのを、早秋の赤にしてナ!

そうか

……本当にそうだったら、……恩に着る

いいってことヨ

しかし、となると魔物は感情が欲しいってことなのかぁ。強い色のついた感情が。

嫉妬まみれの死闘はもう勘弁ダゾ

わははは。お疲れ様。

このとおり、魔力を宿した声も枯れはてて、いよいよ引退というわけデス。

む。魔法少女って、声が命みたいな感じなのか?

そりゃそうヨ。魔法を詠ずる少女の声、略して魔法少女ですカラ。

斬新な定義だな……。じゃあサーシャはさ、声が特別だから魔法少女になったのかい。

フフン。それもあるけど、こんなふうにピクシーが言ったのデス。

『君が本当に救いたい相手は、どんな魔法を使っても救えない。けれど、その救いたいという気持ちは、思いもよらない誰かの助けにはなるかもしれない』ナンテ。

うーむ、含蓄があるような無いようなセリフだなぁ。ちょっと悪魔の誘いっぽい。

ちなみにピクシーは今、アナタの頭上でブレイクダンスと洒落こんでマス。

悪魔だ。間違いない。

シカリ

ところで、これは譚丁たんていの勘なのだけれど、サーシャが救いたい人って、たとえば色が感じられなかったりするのだろうか。

……!

そうデス。重度の色盲デス。生活に支障ありマクリ。よくアレで、この年まで生きのびられたものデス。

その人は、音色より色彩を気にしているように、サーシャには見えたのだろうか。

音色?

……たしかに、故郷で天使の歌声と謳われたサーシャからすれば、ひどい音痴デスガ。

それは別に良いのデハ

ん、んんん。そうか、そっちはうまく話を合わせてるのか……。

ハイ?

あーいやいや、なんでもない。そうと分かれば、この前の依頼を解決するとしようか。

この作戦には、サーシャ迫真の演技が欠かせなくて――。




――そんなわけで、そんな感じの作戦を遂行することになったぞい。

ちゃ、茶番じゃないかな、かな

手厳しいなぁ。サーシャにもそう言われたけど。魔力を失った魔法少女が、よりにもよって魔法少女のフリをするとか屈辱でしかないって、めっちゃ罵倒されたけど。

あれ、なんでオッケーしてくれたんだろう……。

さ、さすがに有栖川ありすがわさんにはすぐにバレる気がするけど、けど。

いや。和紀かずき君、どうも声だけだと人の判別付けられないっぽいから、ばっちりコスプレ決めて顔さえ見せなければ大丈夫だと思う。

そ、そこまでしなくても、ふつーに有栖川さんとアレクサンドルさんを会わせて、ちゃんと仲直りとお別れさせてあげればいいだけなんじゃ、じゃ。

普通は、そうするべきなんだろうけどさ。それだと魔法少女サーシャの物語が救われない気がしてなぁ。

そ、その物語は、とくに有栖川さんには何の助けにもならないうえに、アレクサンドルさん自身が終わらそうとしてるのに、のに?

だとしてもさ。誰にも認めてもらえなかった物語の幻影は消えず、ひょんなところで魔が差したりするものなんだよ。

な、奈良原さんや井内いのうちさんのこと、こと

……いや、俺が見てみたいだけなのかもしれない。サーシャの魔法を。

お、お兄ぃって、そういうところ悪人だよね、よね。

むむむ。なんだかんだで、静矢しずやさんもノリノリで演じてくれることになったし、そんな悪いコトでは。

……たしかに、やっぱり喧嘩別れで終わる可能性も、あるんだろうけどさ。

げ、ゲームはいいよぉ、よぉ。ど、どれだけ殺して塗りかえて死んでも、すぐに元通りだよぉ、よぉ。に、人間関係も要らないし、ないし。

いや、そのオクトゥーンな。そもそも二人で協力して戦うゲームを、無理に一人プレイして人間関係取り除いているのはお前だし、それで負けた相手の少なくとも一人は、ショックのあまり奇行に走ってたからな……。

そ、それはびっくり、くり

まったく本当にな。人の繋がりっていうのは、思いのほか狭くってさ。けれど目の前にいる妹の顔を、拝むことすらできなかったりもするわけで。

§

にゃははははは。口ほどにもないにゃ、サーシャ。魂の声を失って、そこで絶望に立ちつくすがいい!

……あの、大丈夫ですか、喧嘩なら

控えよ、そこな少年。我らに手を出そうと無駄なことにゃ。そいつは魔法少女で、大切なものを守れずに魔力を失ったのだからにゃ。

魔法少女……サーシャ……?

我は、この街から色彩を奪いとった!

見よ、血濡れの朱から解きはなたれた鳥居を、今まさに打ち上がっていく大輪の花火を。

調和に充ちた白黒の世界が今ここに成立したにゃ!

え。……花火が……。

にゃはぁ、少年。お主、そういうことかにゃ。

……白黒の……花火なんて……

お主、元よりモノクロームの住人にゃ。ならば喜ぶがいい。

闇夜の空に咲き散っていく可憐な花が、リチウムやナトリウムの炎色反応に侵されていいものか。

いや、いくにゃい。お主が見つづけてきた彩りのない世界こそ、この街の者どもが目にするべき日常となったのだ!

…………

どうした。もうお主は、周囲に溢れる色彩を妬む必要はないと、そう言っているにゃ。

お姉さんは……何者ですか?

よくぞ聞いた。我は、魔物を従えるラスボスより強い裏ボスを陰で操っていた、魔王プリンセスしずしず……にゃ!

魔王……そういうのテレビで見たことあります。コスプレイヤーって言うんですよね。

ぴゃっ。……我をコスプレなる偽物と嘲笑うということは、そこで絶望に立ちつくす魔法少女サーシャも嘲笑うということ。

それでもいいにゃ?

ぁ、それは……

にゃはぁ、観念したなら。その身をしずしずに委ねるにゃはっはっはにゃぁ。

……名塚なつかさん!

名塚さん、もし近くにいたら、こっちに来てください。変な人がっ!

はん、変質者呼ばわりとは良い度胸にゃあ。ちなみに、名塚とかいうおせっかい探偵は、そこの石階段から蹴落としておいたにゃ。

今頃は転げ転がりおちて、奈落の底にゃ

……っ!

じきに我が為したことの偉大さを、身に沁みて感じることになるにゃ。

その時はいつでも、魔王プリンセスしずしずの名を呼べば迎えいれようぞ、少年。

その日まで、さらば……にゃっ

…………

…………

……消えた……

……

あの、サーシャさん、ですよね

……

僕は

……こっちに来るナ

あのクズ魔王の言うとおり、サーシャが守りたかった伊宮いみやの彩りは、アナタには何の意味もなかったのデス。

そして、それすら守りきれなかったサーシャは、サーシャは……。

つかぬことをお伺いします。……サーシャさんは、本当に魔法少女なんですか?

この背中は、本物には見えまセンカ?

……すみません、僕には正直分かりません。でもサーシャさんは間違いなく、僕の友達の憧れの人だと思います。

ナゼ

その左手を逆手にした杖の持ち方、友達も箒でチャンバラするとき同じように持つんです。

たぶん憧れて……

ソウカ

貴方は、だから貴方の魔法は、異国から来た友達の心の支えに。

……そんなことのために、サーシャは魔法少女になってのではないデス。

そんなこと、なんてことはないです。友達は、大好きなアニメに憧れて日本に来て、でもアニメみたいなことは起きない日本に馴染めなくて……え、名塚さんから電話?

けほっ。こほっ。どうも、名塚れいです。

今どこにいらっしゃいますか。待ち合わせの宮神社に来てくれなくて、すごい心配していました。

大丈夫ですか……!

いやぁ、わりとダメっぽい。魔王?

プリンセス?

とかいう名乗りから矛盾してるのに、やーらーれーたー。なんかわりと本気で蹴られて、頭いたい……。

ほ、本当ですか

マジで、マジで。なんか見上げた花火もモノクロームだし、俺もうダメなのでは。

名塚さん。周りを見渡してみてください。なにか色は見えますか。朱鷺色とか、鶯色とか。

相変わらず色名よく知ってるなぁ。うーん、夜だからちゃんとは見えてないけど、うーむ、これは俺も色見えなくなったっぽい。

そんな

これで和紀かずき君の仲間に……ん、あれ、ちょっと待て。なんかガチで見えな、げ、なんだこれ。

名塚さん……!

頭いっつ。あ、電池切れそ。

名塚さん!

もしもし、もしもし

…………

……魔法少女サーシャさん

ナニ

本当に、伊宮の人たちから、色彩が奪われてしまったのでしょうか。

そう言ってイル

疑ってごめんなさい。だから、伊宮の色彩を、あの魔王から取り戻してはいただけないでしょうか。

もうサーシャには無理なのデス

お願いします。僕も、できることは何だって手伝います。

そこまでいうなら、アナタが魔法少女になればイイ。

僕は、少女ではありません……

……なぜこちら側の願いを口にするのデスカ。たとえ伊宮に色彩を取り戻したところで、色盲のアナタには少しの恩恵もないでショウ。

そんなこと、ないです。そんなことはないですから。

最近、オーケストラを観にいくんです。僕に音楽はさっぱり分からないけれど、指揮者からヴァイオリンやフルートやホルンにさっと伝わって、やがて周りの観客に広がっていく様子を感じていると、だんだん好きになれる気がして。

そういうことを、ここの奉納舞に教えてもらったんです。……だから色彩についても、きっとそうだと思うんです。

僕、色名辞典を毎日読んでいて

惨めデスネ。本物に手は届かないと知りナガラ、それでもクラスで話を合わせるためだけに、報われない努力をするトハ。

分かりまシタ。これが本当にサーシャ最後の魔法デス。

ぜんぶ嘘にしてあげマス。この世界には初めから色彩なんてものはなくて、みんな空気を読んでそういう幻を創りあげているだけデス。

分かりマスカ。これからも、アナタの周りの人は色彩という概念が在るように振る舞うでしょうが、それは嘘デス。

アナタが感じている欠けた世界は、みんなと同じ欠けた世界。……そういうことに、してあげまショウ。

そうじゃなくて……、僕は

これでも不満デスカ

それは、確かめようがないということでしょうか。

……そうデス。魔法とは、そういうものデス。

世界には、手の届かないものがあって。僕にとっては……亡くなった爺様の演奏がそうで、たぶん友達にとっての魔法もそうです。

いかな魔法少女デモ。死者は生き返らせられまセン。

分かっています。それは理解しております。でも、色彩を、取り戻すことは。

だから、無理なのデス!

……聞いてのとおり、魔法少女の声が汚れてしまいマシタ。もう魔法を詠ずることはできまセン。

汚れた……って

聞いてのとおり、低くガラガラになっているデショウ。

僕には、澄んで聞こえます

ハ?

この枯れた声のドコガ

……実のところ、僕は人の声の区別があまり付きません。たぶん、どんな声も澄んで聞こえるんです。

でも、僕の友達のアレクが聞いても。綺麗な声だって、そう言う気がします。

何ヲ。。。そんなこと、アナタには分からないハズ。

分かります。友達ですから。

そんなこと親友だからって、言いきれるはずがナイ。適当な嘘ヲ。

嘘じゃないです。アレクは故郷で少年合唱団やってたから、人の声をお世辞で褒めたりしません。

自分には分からないクセニ。友達が分かることは分かるって、そんなことはありえナイ。

たしかに普通なら、ありえないかもしれないけれど。でも色彩を奪いとる魔王がいて、そういうものと戦ってきた魔法少女がいて、だったら友情もそういう魔法なのかもしれないって、そんな気がするんです。

…………!

お願いします。どうか、お願いいたします。

フハハ。本当にもう、しかたのない人デスネ……。

ちょっくら魔王を倒しに行ってきマス。こんな引き際を間違えた外伝エピソードまでさせて、やっぱり魔法を詠じられなかったら責任を取ってくだサイ。

ありがとう、ございます。僕の大切な人たちの、大切な彩りを守ってくれて。

それから僕にも感じとれるものが、僕にしか感じとれないナニカがあるかもしれないって、そう教えてくれて。

アナタの友達にも、よろしくデス

……アレクはもう日本を発ったかもしれなくて、また会えるかどうか。

友情が魔法なら、伝わるはずですカラ

そういうものでしょうか

そうだったデショウ

そう、ですね

§

『思い残すことはないかい、サーシャ』


 空港に向かうモノレールの中、海辺に投げやった気怠い視線は、緩やかにさらわれていく。

 カズキは結局、自分の正体に気付いて、茶番に付きあってくれたのだろうか。

 そんなことを考えるのも、もう止めることにした。


『これで僕もお別れの時だ。お疲れ様、君が魔法少女になってくれて、良かった』


 最後の最後まで、ピクシーは。

 こちらの気持ちを察することなく、一方的にそう告げた。

 そして、もふもふした姿は、光の粒に包まれて薄らいでいく。きっと故郷に帰るのだろう。


 なんだかとても忙しい日々でした。

 幼い頃から書きためていた魔法の詠い文句も使いはたしてしまい。

 どれだけ孤軍奮闘しようとも、別の魔法少女に巡り逢うこともありませんでした。


『この街にはまた災厄が訪れるだろうけど、それは魔法ではどうにもできないことだ。君はやるべきことを果たした』


 クリスマスの日、街に溢れる失恋の東雲色を喰らう魔物を、フルスイングした話も。

 宇宙から落ちてきて、漆黒になりきれない酩酊の墨色にのたうつ魔物と、ともに月を眺めた話も。

 ぜんぶぜんぶ小さな胸に閉まって、故郷に帰っていきたいです。


 やがて遠い思い出になっていくその日まで。

(了)

『流星シンドローム』