本音声ファイルは虚構のつぶやきです。実在する病院引きこもりの妹とは関係ありません。そういうことにしておいてください。

録音は、お兄ぃとの再会前に行われました。




…………?

……あ……あっ……わら……し……わ……。

りていく

あ、あしたから、がんばる

――――あさって。あさって。あさって。あさって。あさって。

ルール。できるだけ寝る前に一言、発声練習としてボイスレコーダーに吹きこむこと。主にお兄ぃのことについて。

あー。お兄ぃとの再会、楽しみだねー。だいたい十年ぶりくらいかなー。

べべべ別に楽しみすぎて、植物状態から奇跡的に蘇ったとか、そういうわけじゃないんだからね!

……楽しみ……

    

も、もうこれ以上とくに喋ることないんじゃないかな、かな。で、でも起きていられる時間まだ短いから、再会の日までけっこう吹きこまないといけなくて戸惑ってるみたいな、いな。

こしいたい

寝タキリ雀ダカラ仕方ナイネ

きゃはっ、お兄ぃに近況訊かれて寝たきりしか言うことないとか、チョーださくなぁい。

それは困る♡

その件につきましては、ただいま空白の十年を埋めるべく、世の妹なるものたちの小洒落たエピソードを収集中であります。充分なデータが揃い次第、ディープにラーニングする手筈であります。こんなにも多様な口調を生成できるようになったのです、思い出が生成できないなんてことがありましょうか、いや、お兄ぃに胸を張れるエピソードの一つや二つ生成してみせましょう!

過去ノ捏造イクナイ

みみかゆい

自問。はたして多様性は、お兄ぃに受けいれられるのか。私の口調について。

ランダム性はねー、射幸心を煽る基本ですしおすしー。お話しするたびに口調が変わってお得的なー、いっぱい会いに来てほしいなー。

その件につきましては探索アルゴリズムを用いて、お兄ぃの好みの口調に寄せていくことを検討中であります!

私がどうのこうのより、お兄ぃがどう成長しているかの方が、よっぽど気になるぞ♡ お兄ぃ好みの私好みのお兄ぃ♡

あぁっ、お兄ぃのちょっといいとこ見てみたい、はーい、はーい、はい、はい、はい!

すでに期待度マックスってゆーか、アゲアゲでやばない?

……昂ぶる……

――――会いたい。会いたい。会いたい。会わなくちゃ。会わなくちゃ。会いたいと思いつづけなくちゃ。

そろそろ落ち着く必要性?

おなかゆるい

だっ、だったら、ちょっと暗い話も織りまぜていこうかななんて、んて。こ、こうやって日々の学習成果を録音してるわけだけど、けど。な、中にはキメラじみていて廃棄されていく口調もあるわけじゃない、ない。た、たぶん編集でカットしちゃうけど、けど。

それはそうと、月が綺麗ですねに傷をもつ鍋奉行様もワルですなのしろを黒といいはる一番がふくを買いにいく服を買いにいく服を買いにいく服、それはそうと。

う゛ぇえぇぇ。棄でられだ私はお兄ぃに会えないんだよねぇ。そんなのぜんぜん可哀想だなんて思ってなんかないんだからね!

いずれはあの世でみんなみんな巡り会う可能性?

……じゃあ今すぐ世界を滅ぼす……

お兄ぃの網膜に私の姿を灼きつけるまでは、死んでたまるか♡

ほー。ならさーちょとは運動とかさーした方がいいんじゃないかなー。やっぱりしたくないなー。

やがて羊になるでしょう。この白い病室で、自らの世話もできない無力な仔羊として、やがてベッドの上で白骨化していくでしょう。

ぶっちゃけありえなーい

もしかしてお兄ぃは私が夢見た想像上の存在である蓋然性?

……逆かも……

そ、そういえば、私の双子は十年前うっかり死んじゃったわけだけど、今頃はあの世でお母さんにごめんなさいできてるのかな、かな。お、お兄ぃは私が■じゃなくて、■だって分かるのかな、かな。

私は、妹ですから。お兄ぃ様の天秤がどちらに傾きましても、その一番深い層でお待ちしているのが私ですもの。

やっぱねー、その令嬢っぽい喋りがねー、お兄ぃにはウケいい気がするよー。初手はそれでいこー。

おもはゆい

舞うでしょう。兄妹の再会を祝して、じきに伊宮の桜が舞うでしょう。

(了)

『蓬莱にごり酒』